濵ちゃんの足跡

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12.iモード

実は、それと並行して、気になっていた移動体でのパケット通信の話が飛び込んできた。肝いりでスタートしたDoPaサービスが伸びない。全国の基地局にフル装備したパケット機能が死んでいる。これを救済するために、28.8kbpsのフルパケットではなく、シングルパケットの9.6kbpsでサービスする新しい端末を開発するという。ああ、これだったのか。

すぐに検討を開始した。是非ともやりたい。シングルパケットなら、現状のパワーアンプで実現できる。文字文化の先取りとしても最適。きっと本命になると睨む。D社はDoPaの開発のときに不義理をしていることも棚に上げて、是非やらせて下さいと頼みにいく。「D社さん、やってもらってもいいですが、パケット通信の制御ソフトウェアは、あのP社とN社でも3年かかってやっとものになったんですよ。先行メーカーより手間取ったらおいていきますよ。邪魔はしないでくださいね」と言われる。負けん気が猛烈に湧いてきた。

幸い、D社には、有線でのパケット通信の経験は豊か。研究所のパケット通信技術者をアサインして開発に入る。お客様との打ち合わせでパケット関連の質問を投げかける。何回目かの打合わせのとき、「D社さん、パケット通信制御ソフトウェアは独自アーキテクチャで進めておられますが、相当難しいので供与しましょうか。実は、DoPaのとき、外部仕様を提示して、P社とN社に作ってもらったのですが、まったくものになりませんでした。仕方がないので、P社とN社の技術者の方に来て貰って3社で共同開発したんです。D社さん、本当に大丈夫ですか。」と言われる。社内で打ち合わせた結果、途中でのアーキテクチャの変更は間に合わないので、このままやらせてほしいと。ちらっと不安がよぎったが、技術者の経験を信じてOKをだす。

お各様のビジネス部門との打合わせは順調であった。コンテンツ中心の新しいビジネスをゲートウェイビジネスとおっしゃる。商品企画は順調であった。最初の形状サンプルを提示したとき、特定のボタンで専用サービスに入るところ、徹底的に小型化を図ったところが気に入ってもらった。そのボタンに「Gateway」というデザイン文字を入れたがもうひとつ。「案内という場所にはinformationの(i)マークがありますが、そんな親しみやすい簡単な記号があるといいですね」と私が提案。つぎの打合わせでは「これから、このサービスをiモードというようにします」と。iにはいろんな意味がつけられていた。この時点ではもう私の提案は忘れられ、お客様自身の命名になってしまったが。まあ、細かいことは言うまい。

納入の3ヶ月前になって、通信制御ソフトウェアもだいぶん動くようになってきた。その報告に対して信用薄いお客様の機種担当リーダーが自ら工場に見に行くと。いろいろな試験をして見ながら「まあまあ、できていますね。これからがたいへんですよ。」そのとおりであった。

ブラウザの搭載など高機能化しなければならないことから従来の16ビットCPUでは能力不足で、32ビットCPUを採用しベースバンドエンジンに内蔵する。それに伴いモニタを全面的に書き換え、ソフソフトウェア構造も従来のベタ書きをやめて階層化し全面的に新規に設計する。操作系についても「コロコロキー」を全面に出して、従来のキー押し中心からコロコロキーとソフトメニューの切り替え方式にして、これも全面的に書き直した。すなわち、約100万行のソフトウェアをすべて書き直した。ハードウェアもソフトウェアも全部はじめて。振り返ってみればよくぞと言えるほどの新規開発の大規模なものであった。このとき、1万台も売れなかった高機能機の開発経験が活きた。試験方法はそのまま採用した。時間はかかったが納期を2ヶ月過ぎて、ほぼ安定した。

この段階では、本命のはずのP社もN社もまったく完成の見込みが立たず、僅かにF社が完成に近かった。「D社頑張れ、D社がんばれ」のお客様のビジネス部門の応援。本当に有り難かった。いよいよ立ち会いという段階で、お客様からの電話。「40台同時発信してみたら、D社のものは接続時間が非常に長くかかる。このままでは採用できない。」真っ青になる。iモードでチケット発売を考えたとき、いついつ発売すると予告されればその時間にユーザが一斉に電話する。そのとき、D社の端末を買った人だけが遅れることになってチケットが買えないというクレームが発生することになる。これは重大不具合だ。

通信技術に強い本部長がヒントをくれた。「複数の携帯電話が同時発信でぶつかったときの処理はどうしている?リカバリーのランダマイズ処理がおかしいかもしれないな。」すぐに試験した。40台を同時に発信して接続できる時間を記録する。確かにお客様の指摘どおり1分以上かかるものがある。これを1秒おきに発信すると全部きれいに接続できる。やっぱり、同時でぶつかったときの処理だ。ランダム処理アルゴリズムはもう数年使っている。よもや間違ってはいまい。ログをとって調べた。ランダム処理はうまく行っている。ところが、その結果が同じ数字のときの処理がおかしい。上位桁を使ってしまっている。最下位桁ほど違っている可能性が高いが、上位の桁は同じ数になる可能性が高い。間違いが分かった。僅か1日で改修できた。改修して試験すると40台同時発信でも10秒以内には全部接続できる。お客様に持ち込んで再度試験してもらった。他社と遜色なし。OK。これで立ち会いが受けられる。3/15立ち会い。翌日出荷。3月を超えると80億円の棚残が期末に上乗せされるところだった。それが出荷できた。固定費の回収は十分終わっている段階だから、出荷さえできれば大幅な利益。ぎりぎりの成功であった。

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