濵ちゃんの足跡

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42.特別講座5(人材育成)

下名はあきらかに会社に育てて貰いました。20歳台は生産技術で、電子部品の標準化、プリント基板の設計技術、CAD+S/Wの修得(特殊情報処理技術者合格、技術士予備試験合格、技術士一次試験合格)、基板工場建設の起業計画から施工まで、基板工場の運営スタッフを経験しました。30歳台はLSI設計とそのマネージメントで、ディジタル回路の設計、アナログ回路の設計、高周波回路の設計、その設計手法、品質確保の手段、組織管理を勉強しました。40歳台は携帯電話会開発で、PDC、PHS、GSM、iモード、カメラフォン、スマートフォン原型、FOMAのすべての1号機の開発責任者でした。50歳台は管理で、技術統括、国際統括、営業など、部門責任者をやりました。これらが自分の力でできたとはとても思いません。会社に育てて貰ったのです。

また、この間、新人教育、若手エンジニア教育、エリート技術者教育など、研修・育成にも熱心に取り組みました。新人には「チックタック作戦」と称して、自分でディジタル時計を作って貰うのです。ディジタル回路の勉強からして、仕様作り、デザイン、板金設計、部品手配、原価企画、品質設計、すべての要素を盛り込んで、世界でひとつ・自分だけの時計を作ってもらうのです。LSI設計技術者や品質管理部門の技術者が手取り足とりで教えました。若手エンジニア教育では、技術ゼミナールとして、例えば、カスタムLSIの設計の仕方なるものの極めて実践的な講義を行うのです。エリート技術者(高度大型技術者)教育はすごいものでした。30歳のエンジニア20名を全社から2チームを選抜し、12講座600時間を使って、会社の専門家が昼夜を問わず徹底して教え込みました。超パルタ教育の「工学塾」という教育システムで、講師が150名くらいいたと思います。その中で下名は、講師のひとりとして、LSI設計課長をしながら11年間講師を担当しました。晩年では通信技術の講座で特別講座をしたこともあります。塾生は約1000人の同期の中から選抜されるだけのことはあって、極めて優秀でした。

それでも、企業で人材の育成はできないというのが下名の結論です。実践は教えることができますが、人が育つのは、先輩や同期や後輩の行動や、企業の文化を吸い取って自発的に育つように思います。企業が育成したのではなく、企業は、その人が育つための環境を用意するにすぎないと思います。同じ環境にいてもぐっと伸びる人とそうでない人がいます。受け止める感性で大きく異なります。水を飲みたくない馬は、どんなに美味しい水の水飲み場に連れて行っても水を飲みません。大事なことは、水を飲みたがる馬にすることが先決ですが、そういう努力をしてもそれができない人間は退職してもらって、新規採用で入れ替えるしかありません。これが結論です。

それでも、その意識改善のためには小集団活動が有効でした。トヨタがいうところの「カイゼン」ですが、これは何も製造現場だけに言えることではありません。LSI設計課長時代に、ハードウェア記述言語で設計する手法に時代が変わり、回路設計規模が格段に増えました。それに対応するために新しい設計手法を全員参加の小集団活動で意見を戦わせながら確立させました。携帯電話の開発もステップ分けして、そのステップで完了すべきことを明確にしてプロジェクト崩れを起こさない方法も小集団活動で実現できました。小集団活動がなぜいいかというと他人から教わるのではなく、自分で編み出していかねばならないので、自然とやりたいことが明確になり、その解決のために勉強する=水が飲みたくなるので人が育つ、ように思います。

特別講座5(人材育成)

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