濵ちゃんの足跡

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119.気持ちが休まる

少し変わった話をします。

20年ほど前に上司だった人を訪ねました。この人は、私がまだ通信用LSIの設計部門を担当していた頃の研究所の所長で、半導体メモリーの工学博士でした。この人は今74歳だと思いますが、何をされているかというと、お寺の住職さんです。

もともと会社時代から2足のわらじを履いておられることは知っていたのですが、会社をリタイヤされて、今は100%お坊さんです。工学博士のお坊さんということで、最初は何だか妙でしたが、話を聞いているうちに、今は100%お坊さんということがよく分かりました。

本堂でお参りしてから話を聞きました。最初は三界の話です。皆さんは三界とは何か知っていますか。この世は、「欲界」と「色界」と「無色界」の3つ、すなわち三界でできているそうです。「欲界」とは人間のこと、肉体的、精神的に欲の塊みたいなところがあります、それが人間だというのです。「色界」は自然のこと、春夏秋冬、自然には色があります。色欲のことではありません。そして「無色界」とは、人間でもなく自然でもなく、この世でどうしようもないこと、これを「無色界」というそうです。すなわち、人間や自然にとって、この世にはどうしようもないことがある、そういう大きな矛盾があるということを理解し、分かっていることが大事だというのです。実はこのこと自体が「真理」であって、これに気がつくかどうかで、人間はどれだけ楽な気持ちになれるかどうかが決まると言われるのです。

阿弥陀様はこの真理を人間の形にしたもの、仏陀は、自分を見つめて、その真理を悟った人のことをいうそうです。浄土真宗の西本願寺系は、阿弥陀様を拝むことで、真理が自分に降りてくるという発想の仕方、一方の東本願寺系は、自らを律して修行することで真理を悟ろうとするアプローチだそうです。

なぜ、こんな話をするかというと、今期も後半戦に突入しました。ますます厳しくなってきます。そういうときにどこに心の休まるところを持つか、これが大事になってきます。趣味に走るのもよし、こういう話に浸るのもよし、ストレスに打ち勝てる方法を各自見つけておいてほしいと思ったからです。

創造に生まれ

努力に生き

感動に眠る

by 長谷寺

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