濵ちゃんの足跡

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閑話休題(67)現代語訳「学問のすすめ」福沢諭吉 /斉藤 孝(訳)=ちくま新書

第9編 よりレベルの高い学問(明治7年5月出版)

人間の心身の働きを細かくみると、一個人としての働きと、社会人としての働きがある。人間たる者は、ただ自身と家族の衣食を得ただけで満足してはならない。人間にはその本性として、それ以上の高い使命があるのだから、社会的な活動に入り、社会の一員として世の中にためにつとめなければならない。

衣食住の満足を得ること、これが個人としての働きで、これは99%の自然の精妙な仕組みを利用しつつ、1%の工夫を行って、自分たちの役に立てている。だから、人として自分で衣食住を得るのは何も難しいことではないのだ。すべての動物が行っていることであるから、これができたといって、別にいばるほどのことではない。

そもそも人間の性質は集まって住むことを好み、決してひとりで孤立してはいられないものだ。広く他人と交際して、その交際が広くなれば広くなるほど自身の幸福も大きくなるのを感じるものであって、これが人間社会が生まれた所以である。その人間社会に役立とうとするのが人情であり、自分は世の中のためにやっているのではないと思っていても、知らず知らずのうちに、後世の子孫がその恩恵にあずかっているということもある。それが文明であり、過去の人々がわれわれに譲り渡してくれた遺産なのであって、その大きく広いことは、土地や財産とは比べものにならない。

だから、われわれもその進むところに限界を作ってはいけない。後の文明の世で、われわれが古人を尊敬すると同じように、そのときの人たちがわれわれの恩恵を感謝するようになっていなくてはならない。要するに、われわれの仕事というのは、今日この世の中にいて、われわれの生きた証を残して、これを長く後世の子孫に伝えることにある。これは重大な任務である。ただ、事をなすには、時勢に合う、合わないがある。時を得なければ能力のある人間でもその力を発揮することはできない。学問の道を先頭に立って唱え天下の人心を導いて、さらにこれを高いレベルに持っていくには、特にいまの時期が大きなチャンスである。このチャンスに出会っているのだから、世の中のために努力しないわけにはいかないだ。

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