濵ちゃんの足跡

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伊丹と近衛家

荒木村重の後、伊丹は武家が支配していない。1661年~幕末まで近衛家(公家)の領地。摂政や関白を出せる家柄。近衛家は藤原氏の流れ。五摂家のひとつ。天皇家とも親戚関係にある。猪名野神社も寄進されている。

酒造業を庇護した。清酒の発祥地と言われている。現在は老松と白雪の2銘柄だけであるが、剣菱・男山・松竹梅なども伊丹酒であった。伊丹市条例では最初の乾杯も日本酒でと定めている。

その酒造業の先鞭は尼子家臣山中鹿之介の子=幸元であった。酒造を革新した。その子(鹿之介の孫)が両替商等で成功する。鴻池財閥→三和銀行→MUFJ銀行と繋がっている。幸元が伊丹の鴻池村に住んだ。

実家の集落内に鹿之介のおじ=立原源太兵衛の土饅頭の墓がある。松江と伊丹の縁を感じる。濱村

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