濵ちゃんの足跡

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25.もう一度、OS(Sy)へ

さて、OS(Li)。開発が思うように進まない。P社/N社がてこずっていて、OS(Li)のソフトハウスは、そちらに掛かりきりである。本当にOS(Li)で完成するか。どう考えても難しいと思えた。

ほんとうに開発できるかどうかの見直しがはじまった。開発規模は約800KL。3G機2号機の失敗が教訓になっていない。私は販売事業部の立場であったが、S/W技術者の質、量の確保から見ても無理だと指摘した。

それに対して、P社/N社と連携してやるという。N社は歓迎であった。ところがP社、特にP本社が反対した。N社との2社協業でもたいへんであるのに、3社目のD社に入ってきてもらったら、もっと混乱する。止めてほしいと。

P社/N社連合に入れなくなったら、今度は自社単独で開発すると言い出した。もともと自社だけでの開発は無理、メジャーな連合の中に入ってやるべきだと言っていたのに。規模も450KLレベルまで圧縮できると言い出してきた。どこまでが本当だろうか。

とうとう03-11-18、御前会議となった。製作所はOS(Li)の独自開発を主張し、私はF社との協業を前提としたOS(Sy)を主張した。携帯電話の将来を決定する大事な会議だから、ここは組織、立場、上司を離れて各個人の率直な意見を言えと。若い人から順番に発言した。

トップバッターのN君は、とにかく確実に商品がだせる選択をすべきだ、OS(Li)の単独開発ではそれがみえない、OS(Sy)も難しいと思うが、F社との協業なら可能性があるのでは。実に、堂々と発言した。製作所の組織としての意見、上司の意見とは別の自分の意見を述べた。これをきっかけにして、各自が真摯に自分の意見を述べた。それでも上司に気遣って上司の意見のままにいう人間もいた。それはそれでひとつの「人間」が見えた。

最後に本部長がまとめた。「全員の意見は公平に聞いた。しかしOS(Li)の単独開発では費用的にも時間的にもD社の携帯電話事業は持ちこたえきれない。ここはOS(Sy)を選択し、例え屈辱的であってもF社との協業の可能性を大至急探るべし」。

すぐに体制を決め、F社に飛んだ。F社は、D社がOS(Sy)とするならF社はD社と組んでもよいと。大勢は決まった。

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